ブロック餌

ハシナガチョウとハナグロチョウチョウウオの餌をブロック餌にしました。
人工餌(オトヒメ大小・メガバイトmix):あさり=9:1です。
一気に人工餌にできないところが、私の弱点です(汗)

当初、ハシナガチョウが積極的に突き、ハナグロチョウは、「何ですかこれ?」みたいな状態で、「しめしめ、ハシナガチョウは一気に粒餌に.....」と目論んでいましたが、数日経つと、全く食べずに全残し状態に(汗)
反対にハナグロチョウは、ブロック餌に馴れ、爆食いに。

ハナグロチョウが食べなかった時のため、全く同じ餌をあさりの殻に塗りつけていたのも作っておいたのですが、目論見とは反対に、ハシナガチョウの餌になりました。
同じ餌なのに、やはり、ハシナガチョウ、騙されて食べだしました。

まぁ、しかし、あさりの殻からこぼれた餌も食べているので、そのうち粒餌にも移行できると思います。
ハナグロチョウは、あさりと人工餌のMixブロック餌が、当初の目標でしたので、成功と言えます。
人工餌100%のブロック餌まで挑戦する予定ですが、どうなるでしょうか?
スポンサーサイト

エイブリーエンゼル

昨日、土曜日の朝、母より死んでると連絡がありました。
実家水槽で、小型ヤッコでは1番の古株で5年9ヶ月でした。

この子は、伝説のお店、「BO●AB●RA」からやってきました。
入荷時の写真が、これです。
エイブリーエンゼル
値段も、普通の子の3倍くらいと、微妙な価格で、私が勝手に色彩変異個体と勘違いして購入したのです。
しかし、到着して開封してみると、まったく普通の色彩の子でした。

「はぁ??????」

あまりに驚きのあまり、写真と違うと電話してみたものの、「通常より赤いラインが濃い個体でした」との一点張りw
まぁ、伝説というだけあって、それまでにも、他店では経験したことのない伝説があるお店だったのとスリーストライクだったので、それ以来、永遠にお取引を止めました。

そんなこんなの思い出のある子でしたので、当時のことを回想して冥福を祈って記事にした次第です。

イタリア旅行7

ナポリでの宿泊先は、個人所有の億ションみたいなところで、サンタルチア通りに面している2階の角部屋でした。
その通りを少し奥に行くと卵城があり近くには、ナポリの高級ホテルが立ち並んでいましたので、このあたりの一等地ではないかと思います。
窓の正面には、ベスビオ火山が望め、最高の眺望でした。
観光バス
建物が面しているサンタルチア通りの向かいには観光バスがひっきりなしに止まり、格好の写真ポイントのようでした。

入口には、大きな扉があり、守衛さんがいて、門を開けてくれます。
ちょうど、3ベッドルームあり、マンマが一室、姉夫婦が一室、私たちが一室という風に使いました。
宿 宿 宿
オーナーは、30前後の女性で、お祖母さんからの遺産ということでしたが、かなりの資産だと思います。
宿 宿 宿
床は大理石張りのうえ、家具は全てアンティークで統一されていて、中世の部屋のように天井がかなり高くとってありました。
サンフランチェスコ・ディ・パオラ聖堂
すぐ近くには、王宮とサンフランチェスコ・ディ・パオラ聖堂を囲むプレビシート広場がありました。
広場は、カウントダウンコンサートがあるみたいで、特設のステージを組んでいる途中でした。
サンカルロ歌劇場前
そこからトレド通りという観光客向けの繁華街となっており、道は狭かったのですが、年末でしかもバーゲンセールで、ローマ以上に人で溢れていました。
このトレド通りから、山側の路地(スペイン地区)は、観光客は危険なので、立ち入らないように情報誌等には書かれています。
ただ、この路地に地元向けの食材を売っている商店や雑貨店などの小さなお店が立ち並んでおり、ナポリでもマンマが腕を奮わないと気が済まないらしくランチの食材をこの路地のお店にしばしば買いに行きましたが、イタリア人と一緒でしたので、危険は感じませんでした。(日本人だけだとちょっと物騒な感じ)

このメインのトレド通りは人でごった返している上に、みすぼらしい恰好をしたジプシーがいたるところにいます。
イタリア人たちは(南の方の人たちは特に)背が高くなく、日本人の私たちとあまり変わらないのですが、ナポリで見かけたジプシーたちは、体格が大きく、歩いていると腕を掴まれたりして、金を恵んでくれとかなり積極的でした。
ナポリを見て死ね ナポリを見て死ね
「ナポリを見て死ね」という言葉がありますが、一般的には、ポジリポの丘から望むナポリ湾の眺望の素晴らしさを称えて言うことが多いらしいですが、義兄曰く、ナポリは世界3大夜景のひとつとされ、サンテルモ城から望む眺望は、ベスビオ火山まで続くナポリの街並みが全て見渡せる場所で、この景色の素晴らしさを称え、ナポリの素晴らしい景色を見るまで死ねないという意味だとのこと。
サンテルモ城 
サンテルモ城               
フニクリフニクラ チケット
サンテルモ城には、このトレド通りから、フニクリフニクラというケーブルカーで登れます。
このトレド通りの駅の券売機が壊れていて、駅の前の店で券を買えるのですが、それが判らない観光客が券売機にお金が入らないで困っているところを狙ったスリがいます(観光客は、このトラブルに気が行って、財布やかばんなどが無防備になっている)。実は、券売機のところに別の一人の老婆のジプシーがいて、私の腕を掴んで金をせがまれたのですが、妻から後から聞いたのですが、そのとき青白い顔した男が、目だけ私たちをロックオンし凝視し、私たちの周りをゆっくりと2周していたそうです。(私は、このジプシーに気を取られていたので気付かなかったのですが、男とジプシーはグルかもしれませんね。そうこうするうちに義兄が券を買ってもどってきたので、離れて行ったそうです)
ナポリを見て死ね
義兄の言った通り、サンテルモ城からの眺めは抜群に素晴らしく感激でした。
帰り、このケーブルは1本だと思ってたのですが、実は4本あり、駅も別ですが、すぐ近くにあり、うっかりしていた私たちは別の路線にのってしまいました。
幸い着いた駅から通りに出た通りの雰囲気が違っているところで気付き、すぐまた戻って、正しい路線に乗れましたが、私たち夫婦だけだったらどうなっていたことでしょうね。考えると少しぞっとしました。

夜は、宿の近くにレストランが道を挟んで二つあり、一つの店は日本語のメニューありと表示されていましたが、それが返って味がスポイルしているような気がして、もう一つの方を選んで食事しました。
私たち夫婦にとって、とっても美味しかったのですがイタリア人(義兄)の評価は厳しく80点くらいだとのこと。
マンマに至っては私が作った方が美味しいと言ってましたw

イタリア旅行6

この日は、ナポリへの移動日でした。
(今回は、写真が少ないです。年末で人でごった返しておりカメラを出して、のほほんと撮る雰囲気がなく、警戒してないと危ない感じでしたので。)

ローマ駅
ローマ駅です。

首都ローマの駅とは思えないほど、こじんまりとしていました。
たぶん、私の住んでいる北九州にある小倉駅より、規模がかなり小さいと思います。
中は割ときれいで、年末の勢か人は多かったです。
券売機なんかは、画面も大きくタッチ式で、外装もカラフルで、日本より洗練されている気がしました。
その券売機に、はじめてジプシーらしき人が........。
その後ナポリで大勢見ることになるのですが、このひとは珍しく男性で、服装もそのへんにいる普通のおじさんでしたが、切符を買う人々すべてに手を差出し、おつりをくれと集っていました。
あまり強引でもなく、くれなければ次の人へと手際は良かったですw

日本の駅と決定的に違うところは、改札がないところです。すぐにホームにアクセスできます。
改札はありません
ですから誰でも乗り込めるのです、ですがバスの時と同じように、ホームに打刻機があり、切符の使用開始の打刻をせず切符の検札に来た車掌に見つかれば、バス同様、かなりの罰金が果たされるそうです。
特に外国からの旅行者はこの制度をしらなくて打刻せず、容赦なく罰金を取られることがネットでも話題になっているそうです。
それなら誰彼かまわずに乗ってこないのかなと思ってはいけません。旅行者目当てのスリなんかが、ピタッとくっついて乗ってきて、ぶつかって素早く抜き取り、仲間に渡して、すぐ次の駅で降りるとか、途中で飛び降りるとかお手の物らしいです。

私たちは、マンマや義兄が一緒だったので、安全でしたが、帰りの飛行機で横の席だった方は、フィレンツェからローマの移動中の列車でスラれたそうで、相手は若い女の子だったそうです。コートの内側の財布をスラれたそうで、日本円で9万盗られたとかでかなり頭に来てました。カード類は使用されてなかったそうで、そこだけは手が打てて良かったと思うしかないと話しておられましたが、後処理を考えると大惨事です。楽しい旅のはずが、一気に奈落の底ですよね。
つくづく日本とは安心感が違うので、細心の注意が必要だと思いました。

列車は、年末の勢で予約がいっぱいで、特急みたいなのが取れず、快速みたいな割と駅に止まる列車になりました。
まぁ私達は、ゆっくり車窓をながめての移動ができましたので、逆に良かったです。
途中、マンマの故郷の近くを通り、「いいところだよ、連れてってやりたいよ」みたいなことを話してくれました。
マンマの生まれた里は、沿岸部の港町らしいです。

ナポリは、混沌とした雰囲気の町並みで、下町感はローマより上です。
車の駐車の間隔も2重駐車のひどさも車の傷つき方もローマとは雲泥の差がありました。
ナポリ駅から宿泊先まで、タクシーを利用したのですが、運転が荒いし、しかも気に食わない事があると一々大声で罵ってました(汗)

松葉づえをついたジプシーが信号待ちの車に金をせびりに来たりとか、開いてる窓からティッシュの束を投げ込んで、金をせびったりしてました。
私たちのタクシーにも窓は開いてないのにティッシュの束を投げつけられ、ドライバーさんは、頭にきたみたいで、投げた方は、アフリカ系の方でしたが罵りあってました。

事前情報としてナポリを調べたのですが、治安の悪さは折り紙つきでかなり注意が必要といろんなブログにありました。
特に驚いたのが「サファリツアー」なるもの(汗)
何だと思います?
治安が良くないので、観光客をバスから一歩も下さず、観光地を車窓見学だけで巡るツアーだそうです。
そんなこんなの事前情報で困惑してたのですが、そのタクシーでの一部始終で、第一印象は、噂通りで目が点になってしまいました。

イタリア旅行5

3日目、今日は、前半のローマ最後の日です。
朝食後、バスに乗って、ベネツィア広場へ。このとき、バスの監視員が途中から乗り込んで来て、切符の確認。
全ての乗客のチケットを確認して、降りて行きました。
ヴェネッィア広場
ベネツィア広場。小さくて見にくいと思いますが、向かって左側の建物の2階の中央、旗があってエントランスがあります。
ここでかつて、ムッソリーニが国民に向かって、演説していたところらしいです。
手前側(写真を撮っている場所)に、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂があります。
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂 
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂。
ここは戦争で亡くなった無名戦士の墓(共同墓地)となっており、微動だにしない兵士2名が警備しています。
衛兵 交代式
また1時間ごとに2名の兵士が交代となるのですが、向かって左から3名出てきて、真ん中の人のみ交代せず、元から立っていた兵士と一緒に戻っていきます。この交代式の観客が多く、最前列には、多くの子供ががぶり付きで見ていました。
この右手にカピトリーノの丘があり、美術館と役所があります。
カピトリーノ美術館前広場
左側が美術館、正面が役所で、現在も何かの手続等で普通に使われているそうです。
she-wolf
役所の横にSheWolfの像があり、イタリアを象徴するものらしく、物語を聞いたのですが、忘れてしまいました、後でググってみましたがよくわからず(汗)
左側の美術館と役所の間に道があり、フォロ・ロマーノの遺跡に続きます。
フォロロマーノ遺跡 フォロロマーノ遺跡
古代ローマ帝国時代の遺跡です。こんなのが地面の下のいたるところに眠っているのです。
フォロローマ遺跡 フォロローマ遺跡
この細かな彫刻?が、約2000年前のものですよ。
突然湧いた文明ではなく、先史文明がないとここまでの技術の習得が一朝一夕にできたでしょうか?と変な想像をしてしまいました。
大道芸人
この先に、コロッセオに続く道があるのですが、大道芸人のような方たちがたくさんいました。
わかるでしょうか?真ん中のネクタイをなびかせている人です、実際は微動だにせず止まっています。
コロッセオ コロッセオ
コロッセオ、左側が修復中です。年末は、道路が塞がれ、歩行者天国になっていました。ツリーも立っていました。
右側が斜めになっているのは、そういうデザインだと思っていたのですが、義兄曰く、本来はぐるっと一周していたのだとか。しかし、他の建築物のために建材として持って行かれたのだそうです。つまり、一種の採石場となってしまったそうです。(中世の時代)
後でググってみると、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂もコロッセオの石材で造られたとなっていました。
コロッセオ コロッセオ
中には、入ってみたかったのですが、うんざりするほどの行列だったのであきらめました。他の場所を優先することに。
コンスタンティヌス帝の凱旋門
すぐ近くにある、コンスタンティヌス帝の凱旋門。向かって奥にカラカラ浴場跡地があります。
カラカラ浴場跡
カラカラ浴場跡地。ここをずっとまっすぐ行って、右側に折れると、もとのべネツィア広場に戻るのですが、その途中に、あの有名なあれが。
真実の口
映画「ローマの休日」で有名な「真実の口」です。もともとは古代ローマ帝国時代のマンホールの蓋だったとか。

事前情報で、イタリアはジプシーが多いと聞いていましたが、ローマでは、あまり見かけませんでした。
※日本でジプシーは、差別用語に当たり、ロマの人と総称するようになっているらしいのですが、イタリア人は、普通にジプシーと呼んでいましたので、このブログでもジプシーと呼ばせて頂きます。というのもロマの民族だけがジプシーであるわけではないからです。

この後、マンマの昼食を戴いて、明日のナポリ行のため準備(荷物の整理)や夫婦二人で、マンマの家の近くの探検w地元のスーパー等に行ってきました。
そのスーパーの一角にある、チーズコーナー及び肉(プロシュートやサラミ等)コーナーがすごくて唖然としました。ものすごい種類がありました。モッツァレラなんて、豆腐みたいに水に浮かんで売っています(水と一緒に袋ずめしたものもありました)。そして大小様々の物がありました。

イタリア旅行4

2日目の昼、マンマのイタリアンを戴いた後、シエスタもあるし、交通も止まるからのんびりしていると、義兄の弟さんが、マンマの裏の丘(ジャニコロの丘)まで送るよというので、車で送ってもらいました。

イタリアには、スペイン等でみられるシエスタという習慣があります。
お昼1時ごろから4時頃まで、昼食兼ゴロゴロタイムみたいなw
これは公務員はもちろん、地下鉄等の運転手も例外なくとるので入口が閉まってたりします。
ですが、夕食が9時以降と遅いので、割と8時近くまで、公務員の方も働いているそうです。

丘というくらいだから歩いて登れるくらいの軽い気持ちでいたら、車で送ってもらって正解、かなりグルグルと登って行かないといけないところでした。
ジャニコロの丘
ジャニコロの丘にあるガリバルディ広場
ジュゼッペ・ガリバルディ
少し下ったところに、イタリア統一に貢献したジュゼッペ・ガリバルディの像があります。
ガリバルディ広場 ガリバルディ広場
ここガリバルディ広場からは、ローマ市内を一望できます。
イタリアは地中海気候で、冬でも割と温暖と聞いていたのですが、そんなことはありません、とても寒かったです。
ですから、こういう丘の上は吹きっさらしになってて、眺望は素晴らしいのですが、とても長居は、できませんでした。
帰りは歩いて下り、シエスタが終わった頃を見計らい、バスに乗ってローマ市内へ。
バスチケット
バスチケットは指定された場所(雑貨店など)で販売されており、期限無期限ものです。
使用開始後、100分乗り放題となっています。
バスに乗車後、バスの中にある打刻機に入れ使用開始を刻印します、その後は降りるときも、次に乗るときも(100分以内)誰にも見せる必要はありません。そのため無賃乗車も多いそうですが、監視員(5人くらい)が時々乗り込んできて、切符の確認をします。その時、持ってなかったり、持ってても刻印していない場合、相当な額の罰金を果たさせられるそうです。
また逃走できないよう若い男性ばかり複数人で乗り込んできます。
ですが、帰宅時間の込み合う時間は、打刻機まで到達できない場面も多く、誰も刻印していませんでした。もちろん、そういった時間帯は監視員も見かけることもなかったです。
あるのは、一度だけ午前中の早い時間に乗り込んできて、切符を確認されたことがあるきりでした。

その後、トレヴィの泉へ
トレヴィの泉 修復中
残念なことに修復中で、水が抜かれていましたが、泉の真上に橋が渡され、彫刻像のすぐまで傍まで行けるようになっており、これまためったに出会うことのできない場面ですので、逆に考えると良い思い出になりました。
他の観光客と同じように、泉の上から、空の泉に背中を向けコインを投げ入れてきましたw
スペイン広場 スペイン広場にあるオベリスク
次にスペイン広場へ。
かなり見にくいですが、階段上にオベリスクがあります。こちらのオベリスクは、模造品です。
紀元後1世紀、ポポロ広場のオベリスクを模造したものを1789年、教皇ピウス6世によってここに移されました。
ここもスリが多い場所なのですが、夜間は、さすがに観光客も少なく、さほど警戒しなくて済みました。
ポポロ広場 ポポロ広場のオベリスク
ポポロ広場、ここはかなり広く、スペイン広場のオベリスクのコピー元があります。
このオベリスクは、紀元前14世紀にセティ1世がオベリスクの3面を装飾し(ヒエログリフ),紀元前13世紀に、その息子のラムセス2世が残りの1面を彫って完成させヘリオポリス太陽神殿に立てたもので、約235トンあります。
(ローマ市内は、私の希望で、主にオベリスク巡りとなっています。)

夜のローマも乙なもので、素敵な夜でした。
やはり、地元出身の義兄といるので、かなり安全に過ごすことができ、ゆっくりと見て回れたと思います。
たぶん日本人だけなら、夜はカメラを出すのも躊躇ったかもしれません、そんな雰囲気がありました。

ハナグロチョウの現在

イタリア旅行記は、まだまだ続きます。
が、筆を休めて、一休み。

ハナグロチョウの現在です。
餌は、前回と変わらず、あさり:おとひめ=3:7です。
ハシナガチョウは、突っつき掘り食いであまり汚さないのですが、ハナグロチョウは、手当たり次第の爆食いなので、散らかします。
しかし、ハナグロチョウは、物怖じしなくなりました。
この水槽は、かなり汚れるので、2匹を掬い出して、掃除します。
これは、水替え直後の動画です。

水替え時、2匹は、掬い出されます。
そして水を張った後、また掬い戻されてるのですが、その直後に与えた餌です。
私が向けたカメラに隠れることなく、餌に食らいついています。
以前のような神経質さは、影をひそめ、堂々としてきました。

一時、ペラペラになっていましたが、背肉が着いてきました。
腸内細菌も人工餌を消化できる腸内細菌に変化してきているようです。
心なしか少々大きくなった気がします。

イタリア旅行3

明るい日差しの中のバチカンも見たくて、2日目はバチカン市国を抜けて、ローマ市内の名所巡りへ。

マンマの家から道を挟んでバチカン市国があり歩いて渡れそうですが、横断歩道はありません。
渡れません
前述のように道幅のあるところは車が飛ばしているので超危険なのです。
地下道
歩道横から、このようなバチカン市国に続く地下道があります。
ヴァチカン市国正面
こちらがバチカン正面入り口
ヴァチカン市国衛兵
バチカン市国を警護する衛兵、今日は寒かったのでコートを着ています。コートを脱ぐとかなり派手です。
義兄によると、この衛兵たちイケメンでないと成れないらしいですw
サンタンジェロ城 サンタンジェロ橋
ずっと歩いて、サンタンジェロ城へ、並んでいたので中には入りませんでした。サンタンジェロ城の前に架かっている橋がまた絵になります。
テベ河
サンタンジェロ橋から望むテベ河。景色は最高ですが、水はあまり綺麗ではありませんでした。
ナヴォーナ広場
まっすぐ進んで、ナヴォーナ広場へ。年末で、ごった返していました。名物の焼き栗があったので食べました。熱々で大きい栗でしたが、甘さはあまりありません。天津甘栗の方が何十倍も美味しいです。
ナヴォーナ広場のオベリスク
ナヴォーナ広場のオベリスク。このオベリスクは古代エジプトからの戦利品ではなく,ローマ皇帝ドミティアヌスがアスワンの石切り場から切り出し、皇帝の即位(西暦81年)を記念し造らせたもので、皇帝 ドミティアヌスの名前がヒエログリフで彫られています。
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会とオベリスク
すぐ近くにあるサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会とオベリスク。紀元前6世紀の物だそうです。下の像の台座はバロック期の彫刻家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニがデザインしたものです。
ロトンダ広場
そのままロトンダ広場へ、ここにはパンテオンがあります。遠くに見えるローマ帝国時代の衣装を着た人たちと一緒に写真を撮るとお金を請求されます。またここはスリが多いことでも有名、若い数名の男女でやってるらしいです。日本人はかもられやすいそうなので要注意。
ロトンダ広場
馬車もクリスマス仕様にw可愛いかは、また別ですが。
パンテオンとオベリスク
パンテオンとオベリスク。こちらのオベリスクは、かの有名なラムセス2世が紀元前13世紀に建造させたもの。またパンテオンは紀元後2世紀からここに建っているそうです(紀元前に建てられたものは1度焼失しています)いや~なんというか、過去の文明がいかに高度であったか感慨深いです。
この後、マンマが昼食を作ってくれているらしく、急いで帰宅しましたw
ネコ広場
帰宅途中にあった遺跡、名前はわかりません、掘ったら出てきたみたいな感じで、街中に大小多数こんな風なのがいっぱいありました。ネコが住み着いているらしく、義兄曰く、ネコ公園だとw
探すと本当にたくさんいましたよ。

イタリア旅行2

今回、福岡からの直行便はなかったので、関空経由にて行きました。
行き帰り・往復便ともに日本人でいっぱいでしたが、ローマ・ナポリの道中でほとんどアジア人を見かけませんでした。
ベネチア、ミラノ、フィレンツェといった北の方が人気なのでしょうね。
ともかく、ほとんどアジア人がいないものだから、かなりジロジロ見られた感がありました。

イタリアと言えば、日本、ドイツに次ぐ自動車大国で、自動車メーカーが多くあります。
ですが国産車であるランチア、アルファロメオ、フィアットあたりは多少走ってましたが、ほとんどが、メルセデス、アウディ、BMWといったドイツ車が多かったです。
フェラーリ、ランボルギーニといったスーパーカー(古っw)に至っては皆無でした。

そして、運転が荒いのなんの、北九州民の私でも、思わず悲鳴がでますw
車線なんて引いてなく、道幅によってドライバーが2車線にしたり、3車線にしたり自由気ままですw
また両側の路肩に駐車し放題で、2重駐車もよく見かけました><;
そのせいで、中世を彷彿させる景観が、やや残念なことに。

到着時、ローマ・フィウミチーノ空港から、マンマの自宅まで、タクシーを使ったのですが、一般車はともかく、タクシーは前車との車間が皆無です。しかも飛ばしまくり。いやはや、怖かったです。
普通に2車線と思われる道幅に信号待ちしている先頭の2台の車の後ろに付くのかなと思った場面で、信号が青に。
なんとフルスピードで、その2台の間をすり抜けていきます。私の目では、絶対にすり抜けられる幅ではありませんでした。
なのにフルスピードで突っ込むものだから、夫婦で思わず声をあげてしまいました。
運転手さんは、笑いながら「ゆっくり行くとぶつかるけど、速くいくとぶつからない」というようなニュアンスのことを義兄に話していました。
義兄曰く、南に行くほどこの傾向が強く、運転が荒くなっていくのだとか。
逆に、北の方は運転がおとなしいそうです。
そして、傷ついてない車を見つける方が至難の業と聞かされましたが、それは本当でした。
どの車も何らかの傷が入っています、かと言って古い車ばかりではなく、新型車も多く、メルセデスやアウディのハイクラスの車種も例に漏れずといったところでした。
新車で買って、どんどん傷ついていくが日本のようにこまめに洗車もしないし、修理もしない、ある程度、自分の価値観が低下した時点で乗り換えるといった印象を持ちました。
そして、公共や私設の駐車場がないものだから、路肩の縦列駐車がすさまじく、うそだろと思われる隙間でも平気で入れていきます。そのテクニックたるや、素晴らしいの一言。
それでもローマはまだ、縦列駐車の前後の隙間は多少(15~20センチ)はあったのですが、ナポリでは、ほぼ皆無でした。凄すぎます。
路肩駐車 
ローマ駅裏、一番手前のタクシーどうやって出るの?
2重駐車
2重駐車なんてへっちゃら
隙間なし
これなんて、当たってるし

イタリア旅行1

これから数回にわたり、イタリア旅行をアップします。
興味のない方は、スルーでお願いします。

イタリアへは、以前より私たち夫婦がいつか行ってみたいねと熱望していた国です。
中世の街並みを残し、紀元前からの悠久の歴史をもつイタリア、なんともロマンあふれる国です。
しかも、姉の旦那さんの出身国でもあり、数年前よりマンマが元気なうちに会わせたいと言われていたのです。
彼のマンマは、私の父より1つ上で、来年90になるそうです。
ですが、スーパーばあちゃんで、足腰はピンシャンとして、今回ガイド役として、たくさんの所に一緒に出掛けました。
しかも、一度も疲れたから座りたい等一言も発せず、さらに昼夜のほとんどは、スーパーばあちゃんが腕を振るったイタリアンでした。しかもボッニシモ!!
いやいやとんでもないスーパーばあちゃんでした。

今回、私たちの両親も連れて行きたかったのですが、道がほぼすべて石畳みということもあり、その石畳みを車椅子を押して行くのは、双方に負担がかかりすぎるし、健康の面でも心配でしたので、私たち夫婦のみで行ってきました。

イタリアといえど、広く行きたい都市は沢山あるので、今回は、姉の旦那さんの出身地のローマとおすすめのナポリに行ってきました。
どこに行きたい?と彼に聞かれたので、ほとんどの日本人が行きたいと答えるだろう場所と彼のお奨めを中心に周りました。
年末は、どこの国もお休みなので、とにかく、どこもかしこも人!人!人!で溢れかえっていました。なので並ばなければならないところは、超長蛇の列で、そういうところは飛ばしてもらいました。

そしてここから少し「ドヤ顔」ですが、自称晴れ男は健在で、旅行日程すべて快晴でした。(天気予報では雨の予報もあった)しかも帰国した次の日、ローマは雨だったそうですw

旅行行程はローマ→ナポリ→ローマ
ローマでの定宿として、マンマの家近くのホテルを選びました。
なんとマンマの家は、バチカン市国の真ん前です。バチカン広場まで、歩いて3分w
マンマの家からサンピエトロ大聖堂が見えます
1日目は夕刻にローマ・フィウミチーノ空港に着いたので、そのままマンマの家で夕食を戴きました。
マンマの家から道路を挟んですぐ、サンピエトロ大聖堂が見えます。
夕食後、マンマと姉夫婦、私達夫婦で、夜のバチカンへ。
バチカン広場
この日はクリスマスでしたので、広場のオベリスクの裏で、キリスト生誕の催し物があってました。
今回、私がずっと見てみたいと思っていたものの一つにオベリスクがあります。
ローマ帝国がエジプト侵攻時に戦利品として持ち帰ったものです、表面にヒエログリフが刻まれています。
ローマには、本物が13本あります。そのうちのひとつが、このバチカン広場にそびえ立っています。
一説によると紀元前20世紀の物で約320トンあるそうです。
なんと4000年前の物ですよ、しかもどうやって320トンもの巨石を運んだのか、ロマン溢れています。
夜のバチカン クリスマスの催し物
ここの広場には、ある場所に立つと周りの柱が一本に見えるところがあります。
いや、初めからそう見えるように設計されているのです。
実際は、柱は4列から成り立っています。
柱が1本に見えます
いや~とにかく、幻想的で、第1日目から感激いたしました。
バチカン宮殿


プロフィール

もこじじい

Author:もこじじい
稚拙な文章を操るおちゃめな50過ぎのおやじです。

最新記事
最新コメント
カレンダー
12 | 2015/01 | 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
月別アーカイブ
メイン水槽
マルセラバタフライ
ハシナガチョウ
ミューラーズ
サブ水槽
ハナグロチョウ1
実家水槽
ロクセンヤッコ
コラリス1
イッテンチョウ
レインフォーズ
コクテンカタギ
ゾスター
シリキルリスズメ
ホンソメワケベラ
スミツキ
インディアン
スクエアバック
スパニッシュホグフィッシュ
ソマリバタフライ
ブルーエンゼル
タヒチアンバタフライ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
もこの歓迎者数